自我というもの

昨夜観た「レボリューショナリー・ロード」のことを色々と考えていたらなかなか寝つかれず、今朝もぽわんと起きて、仕事をしながらまた考えていました。どんだけ~

思うのは、やはりあの妻のこと。
彼女が陥った場所というのは、きっと誰でも見たことがある場所。
真夜中に目が覚めて、思考だけがぐんぐん羽を広げて身を覆いつくし、これ以外の考え方があるなんて信じられない、今、この思考だけが真実、と思い詰めてしまうあの感覚。

それをさらに強固に縛ったのが、「自我の呪い」。
「わたしはこんな人生を送るはずじゃない」「ここはわたしのいる場所じゃない」「なぜわたしはここにいるのだろう」「わたしは間違っている」「わたしは本当に生きたい」・・・
何を見ても映るのは「わたし」。夫がいても子どもがいても、求めるのは「わたし」。
わたし、わたし、わたし、わたし、・・・いつしか世界は四方を鏡で囲まれた密室と化す。

仏教では「無私」を最高の境地として捉えています。つまり、「自分」は悪なのだ。
彼女を捕らえたものは、たぶん私たちがみんな持っている「自己実現」の欲望でしょう。
決して特別な人ではなかったはず。いくらか自意識過剰な面はあったにせよ、「自分が望むように生きたい」と願ったにすぎない、ごく平凡な女性だったと思います。

でも、自分で選んだはずの結婚、妊娠、出産、引越しなどが、だんだん自分の自由を奪っている「憎むべき相手」のように思えてくる。自分が何を望んでいるのか分からなくなる。
「自分らしく生きる」ということさえ、夫のいる身では叶わない。家庭が彼女を閉じ込める。
夫は分かってくれない、世間は分かってくれない、彼女の言葉は届かない・・・。そうやって次第に狂気に落ちていく妻は、しかし、本当に自分を閉じ込めているのは自分自身なのだときっと分かっていたのでしょう。

時代も大きかったんだろう。1955年、皆が同じ服装をして、同じ価値観を持つアメリカ。
選択肢などなかった。思想の自由もなかった。気づかないけれど、囚人同様だった。
精神を病んだジョンだけが思ったことをそのまま口にすることができる。でもジョンの台詞が精神病者なら、「セックス・アンド・ザ・シティ」の登場人物たちはいったい何なんだ・・・?

「本当の自分」に恋焦がれ、「今の自分」を殺したいほど憎み、「自分」に閉じ込められる。
ずっと付き合っていく唯一の存在だからこそ、「自分」との関係は人生の永遠のテーマだ。
あ、「結婚」についても色々と考えたけど、それはまあ、今はいいや。
とりあえず、「結婚」は大部分は運だよなあと思いました(無責任!!)。
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by saku_2425 | 2009-01-28 23:00 | サクのつぶやき
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