モテたい理由

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もう疲れたよ…でも、止まれない。女たちを包囲する“モテ”の真実。

「モテ」って何だろう。男女にとっての「モテ」の違いって何だろう。何で女性誌では「モテ=真善美」みたいな扱いなんだろう。一種の宗教みたいなものだろうか。「モテ市場」ってどのくらいの規模なんだろう。「モテたい」って、マズローの五段階欲求で言うとどの段階に属するものなんだろう・・・etc。

「モテ」が気になりだした直接のきっかけは美容院で見る女性誌でした。紙面を貫く「モテなくちゃ女じゃない!」という厳然とした前提に慄き、「えっ、モテって何!?」と慌てて周囲に聞き出したのが半年前。
あまりに尋ねる私に業を煮やした友人が本書を紹介してくれたわけでした(よほど煩かったのだろう)。

本書の著書は赤坂真理さん、作家です。「女の目から見た世界」「獰猛な恋愛資本主義」「蔓延するライフスタイル語り」「女子が生きるファンタジー」「ライフスタイルの元祖たち」「男たちの受難」「女のという水物相場」という全7章で構成されています。(終章「戦争とアメリカと私」があとがき的についてる)

面白かったのだけど、期待していた内容ではなかった。赤坂真理という作家が一種の呪詛をこめて書き下ろしたエッセイといった感じかな。あくまで私的な筆致なので論旨も荒削りだし、そこに着地するか!?という箇所も多々あるし、感情に流れて部分も多い(ある意味では本書全てが感情論とも言える)けど、でもハッとさせられる文章も多くて付箋がもじゃもじゃ付きました。

すべてがメス化していくのは、「女性」が、消費(広告)にとってのフロンティアだったからだ。だから必死で、文化をそれ一色にしようとする力がある。広告代理店だって必死だろう。それはおそらく本当に最後のフロンティアだから、開発しつくしたら、飽きてしまったら、後がないのだが。この「後のない感じ」は、当の女性にフィードバックされて、女性を切羽詰った存在にしている(P21)

今一大ビジネスとされている「モテ」は、たしかに女性の好む価値観ではあるが、ものを育んだりやわらかに包んだりといった女性の美質というよりは、女性の「業」の部分をとり出して拡大したもののように思う(P28)

モテとは、関係性(特に異性との)において優位に立つことである(P29)

そして実のところ、女性誌の言っていることは、中学生でも(たとえば『ハナチュー』という雑誌)五十代でも(たとえば『クロワッサン・プレミアム』)、基本のところはまったくいっしょだ。
関係性のなかでしあわせを感じたいという願い。そのためにきれいになりたいという気持ち。
それが、現実的には恋愛となり、昨今「モテ」という言葉に集約されつつあるものの核にある感情である(P80-81)


ちなみに、第4章「女子が生きるファンタジー」では私も大好物の「女性誌/着まわし一ヶ月」が詳細に描写されているので、女性誌を読む機会のない男性はぜひこちらをご一読ください。凄いから。

ということで、面白かったんだけど、帯に「もう疲れたよ・・・でも、止まれない」のコピーが表す通り、何だかひじょうに切羽詰った感溢れる本でした。“女性誌ウォッチャー”である赤坂氏も「定期的に鬱になる」と書いてたし。でも私は女性誌論が読みたいわけじゃなかったんだけどな。

「モテ」とは何か。どうにもひっかかり続けるこの問い、まだまだ探していこうと思います。

モテたい理由 (講談社現代新書)

赤坂 真理 / 講談社


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by saku_2425 | 2010-02-07 23:25 | 本をよむ
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