川の流れのように

英語に振り回された10月ももうすぐ終わり、同時に秋も終わったような気配ですね……。
大好きな秋なのにわたわたしているうちに過ぎ去ってしまった気がします。あああ。
でもようやく英語入り生活にも慣れてきた感じなので、11月は地に足つけて生活を楽しめるといいな。飲みごともいくつか入りそうだし、体調管理は万全に!

いや楽しいんですよ。今も馬鹿みたいに楽しい、日々が。それは本当。
特にイベントがなくても、いやないからこそ、毎日のリズムが心音のように私を安心させる。
時間の流れと自分のキャパシティを鑑みて、平日のブログ更新と読書を手放した。それは残念なことだけれど、思いきりよく現実に集中できるという点ではよかった。

時間だけが万人に平等だとよくいうけれど、それはもちろん正しいのだけど、一概にそれだけが正しいとも言えないんじゃないかと最近思うようになってきた。
「時間活用」という言葉に違和感を覚えるのは、時間は人間がコントロールできる類のものではないと思うから。時間に人間が活かされることはあっても、その逆は本当のところは、ない気がする。
暦をつくりだした人類は、太陽や星の動きをどれだけ長い間見つめていたんだろうな。そこに法則を見出すまでどのくらいの時間が流れたんだろうな。寒くなったり暑くなったり、植物が枯れたり実ったり、潮が満ちたりひいたり、そんな世界の呼吸をただあたりまえのこととして生きて死んでいったんだろうな。

カツマーの時間は確か「投資」「消費」「浪費」「空費」に分けられていた記憶がある。それは時間を「投資資産」として捉えたときのひとつの知恵であって、勝間さんの時間の価値観とイコールではないんでしょう。ふっくらした空費や、魂を痛めつけるような投資もあるだろう。
カツマー的時間とは「君にこれだけあげるから、どう使っても君の自由だよ。殖やしてもいいし、好きなもの買ってもいいよ」と神様からもらったお小遣いみたいなものなんだろうな。人間って愛らしいな。

というような厄体もないことを考えるのに、冬はちょうどいい季節です。投資だろうが浪費だろうがお構いなしに時間はじゃんじゃん流れていくわけで、そのキラキラとした粒子を髪の先とか肌の表面に感じるたびに私はきっちり「幸福になる」。なぜでしょう。私にとっての時間とは、豊饒な光の河のようなイメージだ。

幸せな人間だねえ。楽しい、馬鹿みたいに楽しい、日々が流れていくことそのものが!
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by saku_2425 | 2010-10-30 13:20 | サクのつぶやき
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