カテゴリ:今日の目からウロコ( 3 )

すばやさの意味

先日、会社で「ドラクエ8で進めなくて1年以上止まってる」という話をしたところ、
あれやこれやと状況を聞かれて、「闘い方が下手なんじゃないの」という結論になりました。
(というか、みんなけっこうゲームやってるのね~。話題の参加者がみるみる増えたよ)
「闘い方って言われても・・・」と口ごもる私。
だって、順番に攻撃したり魔法かけたりするだけじゃないの?何かあるの?

「4人いるでしょ、攻撃系と回復系にきちんと役割分担するんだよ」
「2人でせっせと攻撃して、2人でせっせと回復すればいい」
「回復系は、余裕のあるうちに仲間の防御力を上げておくといいよ」

おおー、なるほど!と感心する私に、さらに追加のアドバイス。

「回復系は『すばやさ』を上げておいたほうがいいよ~、最初に回復できるから」

?すばやさを上げる?
そこで初めて知ったこと。能力に「すばやさ」ってあるの、あれ、攻撃の順番だったんですか!
敵のすばやさを上回れば、敵より先に攻撃できるってことなのか!

「知らなかった・・・」とつぶやく私に、「今まで何だと思ってたの」といぶかしがる同僚。
「歩くスピードが上がって、物語の進行が速くなってるのかと思ってた」
「そんなわけないじゃん」と冷静につっこむ複数の声。
そうですか。常識ですか。そうなんだろうなあ。

ところで、今日は朝から家事をしたり本を読んだりと、うきうきと休日を満喫しています。
夜にひさしぶりにゲームをしてみようかな、と思いつき、連想で思い出して書いてみました。
借りたDVDもあるし、ごはんもまじめにつくりたいし、元気だと一日は短いですね(笑)
[PR]
by saku_2425 | 2007-02-24 15:03 | 今日の目からウロコ

評価とアイデンティティ

先日、岡山で友人と話しているとき、このブログの話題になりました。
彼が楽しく読んでくれていること、そして普段は本を読まない彼の奥さんも、
「読みやすい」と言って楽しんでくれたことなどを聞いたとき、
「本当?嬉しいなあ!」と思わず声が弾むほど、心の底からすーっごく嬉しくなりました。

その瞬間、ハッと気づいたこと。

仕事を誉められるよりも、
容姿を誉められるよりも、
人間性を誉められるよりも、
私にとって何より嬉しいのは「文章を誉められる」ことだということ。

以前、友人のクユラに言われたことがある。
私が、会社で昇格を打診されていることについて悩んでいると打ち明けたとき、彼女は、
「サクは仕事で評価されても、自分が評価されていると思えないんだね」と言った。
そのときも、目からウロコがぽろりと落ちたものです。

子どもの頃、私はたくさんの習いごとをしていて、勉強もスポーツもそこそこできた。
妙に要領が良く、さほど興味がないことでも人並み以上の評価を受けることが多かった。
もしかして、「仕事」はその延長なのかも知れない。

仕事は面白い。でも仕事をしているときの私は、「ほんとうの私」ではない。
仕事で評価されればされるほど、忙しくなればなるほど、そんな違和感が高まっていた。
じゃあ、「ほんとうの私」って何なの?
生活のほとんどを仕事に費やしている今の状況で、それを突き詰めることができるの?

そんなとき、冒頭の友人の言葉がポンッと心に降ってきたわけです。

彼は重ねて、「小説はもう書かんの?楽しみにしてるのに」と言いました。
そう、私は学生時代、小説を書いて文学新人賞に応募したりしていたのですが、
プロになるには時間がかかると現実的な判断をして、現実的な職に就いたのでした。
あの頃は「アマチュアが小説を趣味で書く」などカッコ悪いことだと思っていた。
同人誌みたいに、仲間内で自己表現して満足してるなんて恥ずかしいと。

でも今はずいぶん考えが変わりました。
社会に出て、仕事に忙殺されて「趣味」の意義を改めて知ったからかも知れないし、
プライドや、頑固さや、頭でっかち理屈屋の部分が(少しは)減ったからかもしれない。
また、仕事の傍ら趣味で絵を描き、作品展なども開催していた元相方さんの、
自然さや気負わなさをそばで見ていて感銘を受けたせいもあるだろう。

何より、昔からどんなときでも私の心の拠り所かつ指針だったのは文学であり、
自分で文章を書くことでしか世界と折り合いをつけられなかったという事実。

友人のかしこさんは短歌をやっていて、以前に私が彼女の短歌を好きだと言ったとき、彼女は、
「短歌を誉められるのは、娘を誉められるのと同じくらい嬉しい」と返事をくれた。
それはもしかして、こういうことなのかな。
評価されると嬉しいもの=自分の「アイデンティティ(存在価値)」??

虚栄心を捨てよ。自分らしくありのままであれ。結果はあとからついてくる。

また書いてみようか。プロになるためではなく、自分自身を見つけるために。
流れがやってきているのなら、素直に身を任せてみようか。
いずれにせよ、心が行き詰っているのは確かで、私には文章という舵があるのだから。
船を漕ぎ出してみようか。

私をずっと見てくれている友人たちの言葉が、目と心を覆っていたウロコを壊した瞬間でした。
[PR]
by saku_2425 | 2007-02-20 23:21 | 今日の目からウロコ

そこに山があるから

このところしばらく漠然と考えていたことを、先日口に出してみました。

「何だか私って、“やりたくない”“興味がない”“向いてない”って分かってることに、
あえて飛び込んでいく傾向がある気がする。これって何だろう。
苦手なままじゃいけない、克服せねばっていう優等生気質なんだろうか」

これに対する親友・ユミコのコメント。

「そうだよ~、だってサクってさ、納豆キライなくせに一時期納豆ばっかり買ってたし、
炭酸キライなくせによくコーラを飲もうとしてたよね」

( ;゜Д゜)・・・
そ、そういう問題ではない気もするんだけど、そうだったっけ・・・。

「しかもそれが克己心ってヤツで、楽しんでやってるならいいけど、
サクは一見安定してるように見えて、実は不安定になったりしてるでしょ。
強いのか弱いのか分からなくて危なっかしいもん。避ければいいのに」

・・・・・・。
言葉もなかったです。さすが親友。鋭いとこは鋭い。

そして先日、「というふうにユミコに言われたんだ」と私から聞いた友人・クユラのコメント。

「サクの場合、山があると反射的に登ろうとしちゃうんじゃない?」
「!?」
「『何で登るんですか?』『そこに山があるから』」

( ;゜Д゜)・・・
ダメ押し。

そうだね、そうなのかも。いや、そうだわ。本当にそうだ。
何で反射的に登山の構えをとってしまうのか。何で「興味がない」のに必死でやるのか。
それで失ったもの、費やした時間と労力、生まれた矛盾、疲労や苦痛も大きい。
得たものもあるけど、それは私が本当に望んで手に入れたかったものなのか?
納豆やコーラはたしかに嫌いではなくなったけどさ。

これはちょっと・・・今一度冷静に考えてみるべきだ、問いかけるべきだ、自分自身に。
[PR]
by saku_2425 | 2007-02-13 00:09 | 今日の目からウロコ