カテゴリ:仕事というもの( 73 )

つれづれに働く

明日は出勤、人事チックなことをやります。その準備で今日は遅くまで残業していました。

21時を過ぎた頃に、残っていた同僚がふらっとやってきて「ちょっと愚痴言わせてーや」。
「ええよ~」と答えたが最後、残っていた全員で会社の経営方針についての激論となりました。
全員が違う部署なのでそれぞれに主張があり、重きを置くポイントもずいぶん違って面白かった。人事の立場としては興味深く拝聴していましたが、22時近くになってきて焦る。

仕事させて!そしておうちに帰して!

そういえば今日、久しぶりにお会いした業者さんと1時間ほど打ち合わせをしたのですが、一緒にいらした某新聞社の方のテンションが異常に高かった。

「サクさんお久しぶりです!ご無沙汰しちゃってスミマセン!ボク、名前が変わったんです~、あっ、と言っても結婚したわけじゃないですよ。サクさんが相手にしてくださるまでボク待ちますから!なーんてハハハ!あ、名前が変わったのは部署です、新しい名刺です~、ドウゾドウゾ!!」

その後も、会議室の机がガタガタ揺れるくらいの勢いで喋って笑って圧倒しまくって帰った彼。以前にいつ会ったのか最後まで思い出せませんでした。初対面だと思うんだが・・・。
営業って大変だなあと思いました。まあ、働くって全般大変よね。面白いけどね。

さあ、明日も朝から頑張んべ。
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by saku_2425 | 2009-11-28 00:54 | 仕事というもの

合格しました!

当ブログでも散々言い散らかして皆さんに心配をかけた試験ですが、合格しました!
今日の10時にネット上で発表ということで、私よりも周りがそわそわ。「見た?もう見た?」「受験番号何番?」「繋がったぞ!早く確認しなよ」・・・いや増す緊張。やめて、プレッシャーやめて!

画面に自分の受験番号を見つけたときには心底ホッとしました。はー。良かったぁ。

おめでとう!と皆に祝福されて嬉しくなる。そのとき、社長室から社長が出てらしたのが見えたので、いいタイミングとばかりに近寄って「社長、受かってました~」と報告する。

社長「え?なんで?」

なんでって言われても・・・。

今回の試験はコース1の修了試験で、つまりこれからコース2が始まるわけですが、まあ頑張ります。スクーリングやレポートが中心だから、コース1の修了試験ほど一発勝負じゃないのよ。
ちまちま東京に行ったり、ウェブ講義を視聴したりしながら来春の全課程修了を目指します。
そしてますますこの業界にどっぷりさ!もしものときの転職先も大体めぼしがついたな!

私の人生はどこに向かっているんだろう・・・。
誰か私に「サクには不動産も金融も似合わない」と言ってください(泣)
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by saku_2425 | 2009-11-12 23:01 | 仕事というもの

5年目突入。

9月に入ったということは、今の会社での勤務が5年目に入ったということなのでした。
新卒で入った会社に在籍したのが3年と10ヶ月だから、いつしか超えていたのだね。
転職周りの顛末は転職ものがたり(全4回)として記録したわけですが、何というか、もうできないな、あんなこと。というかやりたくないよ!(笑)
私は今、現状にけっこう満足しています。少なくとも仕事に不満はない。

風に吹かれてたどり着いた場所がここで本当に良かったなぁ。

安定志向で保守的な人間が行動を起こすとき、それは短期決戦になる可能性が非常に高いんだと分かりました。「迷ったら危ない方向に進め!」とは岡本太郎の言だけど、それは行動そのものが目的となり得る革新派の意見であり、保守派の人間には理解できない選択肢だったりする。
保守派はあくまでも結果が目的であって行動はそこに至るための手段であるので、時に革新派よりも大胆かつ拙速な行動をとったりする。で、「行動的!」と言われたりもするんだけど、違うんだ。

弱い犬ほどよく吼えるってやつよ(?)。

いずれにせよ、5年目を迎えてようやく腰が落ち着いてきたような感覚もあります。
生来の性質とはかけ離れた業界にどっぷり漬かっているわけだけど、今はこれでいい気がする。
そのうち思いがけない揺り戻しがくるかも知れないけど、そのときはそのときだと思うし。
この会社に入ってから私生活でも色々と大波が起こったけど、おぼれないように必死でもがいているうちに気がつくと遠い浜辺に打ち上げられていたな。5年前には想像もしなかった場所だ。

30代をこの環境で迎えられたということ、幸運だと思ってます。
いい5年目にしよう!
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by saku_2425 | 2009-09-03 20:28 | 仕事というもの

王様の耳はロバの耳

職場で人事面談とかいうものが始まりました。
自分のキャリアとか職場環境とか業務とか、会社に言いたいことがあったら言ってネ。
秘密は守るから何でも好きに言ってネ。
まあおおよそそのようなもので、私も、こういうヒアリング的なものはそこそこ役に立つと思います。

私が聞く立場じゃなかったらな。

どうして私がヒアリングをするんだ・・・。ペーペーなのに!「女性社員はお願い」ってあんた!
「人事」というのは一種の聖域であり、種が見えないマジックの箱のようなものだという、8年間の会社員生活で培ってきた自分の感覚が崩れていく昨今です。いっそ人事部をつくってくれ。
でも、にわか仕込みで勉強した「傾聴のテクニック」を必死で思い出しながら、聞く。

しかし皆さん、「これは人事としてじゃなく、サクに言うことだから・・・」との前置き多し。
「会社には上げないで」「特に、隊長には伝えないでね(煩いから)」として伝えられる数々の訴え。
なかにはけっこう深刻なものもあり、「本当に上げないでいいのか」と思わず確認してしまうことも。
これらの訴えを、私は自分の胸に溜めておかねばなりませんのね。

穴を掘らねば。王様の、耳はーー。と叫ばなきゃ。
あの穴からは何かが生えてきたんだっけ?

もっとしっかり勉強しなきゃ、少しでも早く伸ばさなきゃ、人事スキル。
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by saku_2425 | 2009-06-24 00:18 | 仕事というもの

8年目の春。

4月に入って1週間。・・・まだ1週間!?いやはや、時間って本当に伸び縮みするのね。
昨年まではIRでヒーヒー言ってた時期ですが、今年は人事でヒーヒー言っております。異動とか、新体制のフォローとか、採用とかね。毎日のようにヒアリングをしている日々です。
スキルがゼロなのに「ま、とりあえずやってみよー」では許されない分野なので、これまでにない神経を使って戦々恐々と日々を過ごしている感じ。

この「人事」という分野については、とにかく勉強あるのみだなあ、と思います。
少なくとも、「勉強したい!」と思える分、IRよりは向いている気がするよ(笑)
数字が読めないくせに2年間もIRを務めた自分を褒めてやりたい。
そして、危なっかしい数字オンチを会社の窓口として使い続けた会社の度胸に感服します。

今日のカテゴリは「仕事というもの」にしてみました。存在さえ忘れるくらいの久々の登場です。
1年前までは本当に仕事ばっかりしていたし、よく語っていたんだなあ。
「何かを語る」という行為の裏には、「その“何か”を通して自分を捉え直したい」という欲求が隠されているような気がします。自慢話であっても、ノロケ話であっても、過去の栄光話であっても。
今も仕事は好きだし、一生懸命やっていますが、あまり仕事について語りたいとは思わない。
語るより、ただ黙々といい仕事をやりたいな・・・という感じです。

「仕事をしている自分」が、自分として当たり前になってきたということでしょうか。
本を読んだり、掃除をしたり、ごはんを食べたりするのと同列に、仕事をする自分がいるのかな。
そういえば、オン・オフの区別も曖昧になってきたような気がします。
服が身体になじむように、靴が歩きやすくなるように、「仕事」が自分に溶け込んできた。
そんな、社会人8年目の春です。
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by saku_2425 | 2009-04-07 23:46 | 仕事というもの

転職ものがたり・最終回

結局、4回も続けてしまいました・・・。いよいよ最終回です。

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不合格の通知を受けた後、しばらく落ち込んでいましたが、立ち直ったら早かった。
すぐに転職エージェントへエントリーし、面談へ赴きました。
担当さんと話し合ったその場でいくつか求人を紹介していただき、翌週からは書類選考で通った企業さんへせっせと面接に行きました。
東京や大阪で最終面接という企業もあり、なかなか楽しかったなあ。交通費は出してもらえたし(笑)結局、自分はじっと待っているより、自分で動き回って進んでいくのが性に合っているのだと実感した期間でした。不安を感じるヒマもなかったし、いい時間でした。

いくつかの会社から内定をいただき、最終的に今の会社に決めたのがちょうど一ヵ月後。

(ちなみに面接ではいきなり隊長に圧倒され、王様にあしらわれ、たくさんの人が次々に出てきては去り、「なんてせわしない会社だ、業務内容も分からないし」と疲れて帰宅。
しかし翌日、ソッコーで隊長から採用したいとの連絡。超びびって怯える。
沖縄でバカンスを楽しんでいた人事担当役員が戻ってきてアロハシャツのまま面接。
いろいろ考えて内定を受諾し、実家の両親にも報告。
母「よかったね。で、何の会社なの?」
サ「・・・未だによく分からないんだけど、とりあえず会社概要もらったから、送るよ」
そして内定受諾の3日後に入社。入社の翌日、東京へ出張に行かされる)

とにもかくにも再スタートが決まってほっとした私。
公務員には縁がなかったんだ、新しい道で頑張ろうと気合を入れた初出社の日。
会社の皆に挨拶し、デスクに案内され、一通りの説明が終わってほっと息をついたとき、カバンの中の携帯電話が震えました。取り出して液晶を見ると、知らない市内番号です。
とりあえず、そっとオフィスを出て廊下で電話をとりました。

「○○大学の人事課△△です」

それは不合格となった大学の人事、面接をしてくれた職員の方からの電話でした。
いったいなにごと・・・と電話を握り直した私に、彼は言いました。

「サクさん、10月から大学に来れませんか」

一瞬の空白。それから私に訪れたのは、「何を今更・・・」という憤りと、「本当に縁がなかったんだ・・・」という静かな諦念でした。我ながら落ち着いた声で私は答えました。

「今日から民間企業で働くことにしました。今日が初出社なんです」

「・・・他の大学は本当に受けなかったんですか」
「面接のときに申し上げた通りです。他の大学で働こうという気持ちはないので、○○大学に合格しなかったらすぐに民間企業に就職するつもりだと、私、申し上げましたよね」

そうですね、と人事担当の方は少し苦笑いをされたようでした。つられて私も笑いました。

「分かりました。残念ですが、新しい会社で頑張ってください」
「ありがとうございます」

電話を切ってしばらく廊下にたたずんだ後、オフィスに戻ろうときびすを返しました。
今日から私の新しい居場所となったオフィスに、自分が選んだ新しいスタート地点に。
あれから3年、私は今も同じオフィスを居場所として毎日元気に働いています。

今でもたまに考えます。あのときイエスと答えていたらどうなっていたんだろうと。
まあ、まず隊長は怒り狂い、王様は無言で失望し、でもすぐに皆忘れただろうな。
入社初日に「やっぱり辞めます」と辞める社会人。今ではさほど珍しくもないかも。
そして大学に行って働き始める。公務員生活。いったいどんな生活なんだろう。
猫ちゃんの話を聞いていると理不尽なこともあるようだけど、それはどこでもあるから、大学の空気自体がけっこう好きな私は、きっとすぐに慣れて楽しくやっていけてるだろうな。

たぶん、連日夜中の2時まで居残ることもない。
苦手な金融の知識を必死になって詰め込むこともない。
IRで全国いろいろ飛び回って過労で倒れることもない。
王様や、隊長や、敬愛する元・上司とも知り合わず、sattoやバンビちゃんやあちろんや社長秘書とも友だちにならず、今見ている景色の全てを見ることはない、もうひとつの道。

考えるたびに、この道でよかったんだと思います。
私に選択の自由はなかった、なぜなら全ては縁だから、と思うのです。
「望んだものと違うものを与えられても私は楽しく生きていける」という自信にもなりました。

すっかり長くなってしまいましたが、あのときのことを詳細に振り返ってみたのは初めてで、いい経験になりました。「ザ・人生の岐路」(笑)に立っていたときの思い出です。
過ぎ去って、振り返ってみないと分からないことっていろいろありますわな。
人生をスタートさせて30年、きっといろんな岐路を経て、今、この場所にいるんでしょう。
願わくば、これからも続くたくさんの岐路で、正しい道を選択できますように!

f0034543_052431.gif←長々とお付き合いいただきありがとうございました★
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by saku_2425 | 2008-09-17 01:25 | 仕事というもの

転職ものがたり・3

ちょっと油断していたら筆が鈍り、あやうくまた迷宮入りするところでした・・・。

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さて、国立大学法人等職員採用試験に合格した私。
早速、目当ての大学に面接を受けに行きました。
一緒に面接の順番を待っている皆さんを見て、「若いなー」と思ったとき、気づく。

この国立大学法人職員採用試験において、受験者は基本的に「学生」であること。
ということは、採用時期のデフォルトは彼らの卒業を待っての「来春」であること。
私は「秋採用」を希望していたけれど、それはすなわち「社会人枠」であり、そもそも存在するかどうかも確実でない「狭き門」であること。

いや、分かっていたつもりだったんですが、実際に学生さんだらけの面接会場に来て初めて実感したというのが正直なところでした。
そのとき初めて、「採用されないかもしれない」と思ったのです。遅いんだけど。
ちょっと動揺しながらも、面接での問答では最初から決めていた通りの回答をしました。

面「秋の採用を希望していますが、もし秋に採用されなかったらどうしますか」
私「民間企業に就職します」
面「試験合格者の資格は来春まで消えませんよ。春まで待てませんか?」
私「ワガママなようですが、それは考えていません」
面「他の大学は受けないのですか?」
私「最初から、ここの大学で働いてみたくて受けた試験ですから」

そして面接は終了し、「結果はお電話でお伝えします」という説明を受けて帰宅しました。
結果が出る日までどのように過ごしたかは覚えていません。
たぶん、ポカンと暮らしていたんでしょう。ひとり暮らしのマンションで、仕事もなく。

そして、電話がかかってきました。無音の部屋で、私はその電話を受けました。

「残念ですが・・・」

電話を切った後、しばらくたってから実家に電話をかけて結果を伝えました。
母は、「あなた、本当にあそことは縁がないのねえ」と諦めたように笑っていました。
そう、私はそこの大学を第一志望としていましたが落ちて、今の大学を選んだのでした。
「リベンジ失敗です」と母と一緒に笑って、その後、泣いたかどうかは覚えていません。

一ヵ月後、私は現在の会社に就職を決めました。

f0034543_07934.gif←どっこいこれでは終わらない。次回いよいよ最終回!
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by saku_2425 | 2008-09-14 00:44 | 仕事というもの

転職ものがたり・2

昨日に引き続き、転職の際の思い出話をしてみます。
しかし、自分の壊滅的な記憶力を痛感・・・。うーん、覚えてないもんだなあ!

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さて、勉強を始めて3ヶ月であっという間に試験がやってきました。
この頃はプレッシャーでさぞ大変な精神状態だったろうと思うのだけど、緊張しすぎて記憶がすっ飛んでるのでしょうね、ほとんど何も覚えていないのです。
試験当日は隣町の試験会場(国立大学でした)まで自分で車を運転して向かったこと、
広くて明るい教室でひたすらカリカリと受験したこと、
大学のサークルらしきブラスバンドの練習がずっと聞こえていたのは覚えています。

で、結果はどうだったかというと、見事に受かりました!素晴らしい!
結果発表がどのようなかたちで行われたかも覚えていないのだけど(ネットだったかな、張り出されたのかな、郵送や電話ではなかった)、とにかく合格したのでありました。

でも、私の頭の出来を考慮すると、3ヶ月の勉強期間は実はギリギリだったと思います。
勝ったから良かったものの、かなりハイリスクな勝負だったんですな。
でも今もこういうとこあるんだよね・・・。
まずリサーチして、分析して、計算して、よしいける!と一度でも思ったら一気に行動を起こしてしまうところ。気が短い。そしてやってる最中は負けることを考えないんですねえ。

ともかく、最大の難関だった筆記試験は突破しました。次は面接です。
当初の思惑通り、願書を出したのは第一希望の大学のみでした。
実は、面接に関しては心配していなかった。はっきり言うと、落ちるとは思ってなかったのです。

しょってるように思われるでしょうが(実際そうなんだけど)、私は外面(がいけん、ではない、そとづらです)だけはいいし、前の会社で「広報」という"弁が立ってナンボ"+「秘書」という"ビジネスマナーが備わっててナンボ"の仕事をさせてもらっていたので、私自身も、そして周囲も「面接で落とされることはないだろう」と思い込んでいたのが実情でした。

しかししかし!思った通りに進まないのが人生というもの。
実際の面接もスムーズにこなし、まず大丈夫だろうとたかをくくっていた私を、恐るべき事態が待ち受けていたのでありました・・・。

・・・待て、次号!(ごめんなさ~い)

f0034543_061920.gif←たぶん、あと2回で終わります・・・
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by saku_2425 | 2008-09-09 21:24 | 仕事というもの

転職ものがたり・1

すっかり忘れていたのですが、先の8月で今の会社に勤め始めて丸3年が経ちました。
4年目か~。と椅子の背もたれにもたれ、しばし思い出に浸っていました。

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実は、私が大学を卒業して最初に勤めた会社を3年と10ヶ月で退職後、今の会社に勤め始めるまで、ちょうど半年間の空白期間があります。
何をしていたかというと、公務員試験を受けるために学校に通っていたのです。
そう、私は公務員、正確に言えば「国立大学法人等職員」になろうと思っていたのでした。

動機はまあいろいろあるけど、とにかく前の会社が嫌だったんですね。正直に言うと。
今思い返せば、学生気分の抜けない青くさい役立たずをよく我慢して雇ってくれてたなあと感謝と申し訳なさを感じるのですが、勤めているときはとてもそうは考えられなかった。

「やりたいこと」ではないことに、生活の全ての時間をとられてる現状が嫌だった。
じゃあ何をやりたいの?と言われると、文章を書くこと・・・なんだけど、それじゃ食べていけないのは分かっていたので、じゃあ両立できそうな公務員かな、しかも法人化したばかりの国立大学だったら何かと面白そうだよな、という実に短絡的な思考で退職したのでした。

動機はいくら短絡的でも、現実的な手段を整えるのは昔から得意だった私。
会社を辞めた翌日から公務員専門学校に入学し、一気に学生生活へと突入しました。
仕事をせずに、家賃と生活費と学費を払うだけのお金は貯めていました。
ただし、その生活(ありていに言うと無職生活)は「半年間」、と期限を設けていた。
つまり、5月の筆記試験を通って、面接を経て、秋採用で採用されなかったら民間に再就職しようと自分で決めていたのです。

受ける大学もひとつだけと決めていたし、今思えば、どうしても公務員の身分になって一生大学で働きたい、という強い気持ちではなかったのかもしれないな。
むしろ、一度立ち止まって自分の人生をリセットできる時間を手に入れたことを喜んでいた。
毎週土曜日の午前中に、ラジオ局でパーソナリティーのアルバイトをする以外は、ただひたすら自分で立てた学習計画に沿って勉強していました。

学習時間は3ヶ月。3ヶ月の勉強で国家公務員第Ⅱ種試験って受かるのかしら。
リサーチして分析し、検討した結果、いけると判断したから始めたチャレンジだけど、はてさてどうなりますやら・・・と自問自答しながらも黙々と勉強を続けるうちに、私は27歳の誕生日を迎えていました。

せっかくなので・・・明日に続く(笑)

f0034543_061920.gif←まさか続きものになるとは思わなんだ
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by saku_2425 | 2008-09-09 01:48 | 仕事というもの

BOYの自分探し

現在、うちの会社には東京からやってきた29歳のBOYがおります。
取引先から「修行させてやってくれ」と放り込まれた彼は、これが初めての会社勤め。
東京生まれの東京育ち、W大の法学部を出てT大の法科大学院に進んだ秀才の彼。
弁護士を目指して司法試験も受けたのに、なぜにわざわざ福岡で就職を?

「いやー、東京じゃ、29歳で職歴なしってだけでどこも会ってさえくれなくって」
面接のときに尋ねてみると、悪びれることなくさわやかに答えるBOY。

サ「失礼だけど、弁護士になるつもりはないの?司法試験、もう受けないの?」
B「ぼく、もともと法律の研究をやりたかったんです。だから院に行きました」
サ「うん」
B「でも、研究室に入ってみると、先輩方があまりに狭い世界に住んでることに驚いちゃって。こんなんじゃダメだ、もっと社会と触れ合うような場所に行かなきゃと気づいて。それで、法律を使いながら社会と触れ合える仕事って何かなと考えたら、弁護士だったんです」
サ「ほほう、それでT大の法科大学院に・・・。で、何でいま就職なの?」
B「法科大学院で弁護士の人ともいろいろお話したんですけど、法律を使って社会と触れ合えるのってなにも弁護士だけじゃなくって、たとえば企業内での法務の仕事とか、コンプライアンスの仕事とか、いろんな選択肢があるんだって気づいたんです」
サ「で、縁もゆかりもない福岡くんだりまで、わざわざ引っ越してまで・・・」
B「はい。お父さんもお母さんも、『頑張ってきなさい』って言ってくれてます」

話しながら、「自分探し」という言葉が久しぶりに頭の中にぽわーんと浮かびました。
青春の横綱、「自分探し」。竹本くんが3級を取得した「自分探し」。BOYは何級だろう。
頭のよさゆえに、試験関係の壁にはつまずくことなく超えてきてしまった彼。
そして素直な性格で、「気づき」があるたびに新しい道を歩み出すらしい彼である。

とりあえず今は契約社員として働いてもらっていますが、おそらく初めての「会社勤め」により、ふたたび何かの「気づき」を得て去っていくのではないかなあ、と思っています。
頑張れBOY、人生はまだ長い(はず)。早く「本当の自分」にめぐり合えるといいね。

f0034543_075254.gif←とりあえず、名刺交換のやりかたから指導してます
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by saku_2425 | 2008-08-08 00:02 | 仕事というもの