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寄り添って祈る

このたびの震災で命を落とされた方々のご冥福を心からお祈りします。
ご家族や大事な人を亡くされた方々にただお悔やみを申し上げます。
今なお不安な日々を過ごされている方々が一日も早く安心できることを願います。

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今回の震災に関し、たくさんの人々が「自分に何ができるのか」を考えています。実際に行動している人もたくさんいるし、新聞でもテレビでもネットでも、毎日いろんな立場からの主義主張が大声で叫ばれている。あるいは個人的な小さなつぶやきとしてTwitterに流れている。

「自分に何ができるのか」を考えるということは即ち、「自分はこの社会においてどのような存在であり、何者であるのか」を考えることです。自らを俯瞰し、自らが持っているものを客観的に測り、そしておそらく徹底的に無力を思い知ることは、たぶん、かなりつらいことです。

震災発生から3日目にしてテレビの電源を抜いてしまった私は、そのつらさに耐えられなかった。というより、とめどなく落ち込んでいく精神状態が怖かった。「日常に戻らなくては、無事だった私たちが元気を出さなくては、いつもの生活を営もう」そう思って気合を入れました。

そうして震災から10日が経った今、少し考えが変わっています。
無理に元気を出そうとしなくてもいいのではないか。日常に固執しなくてもいいのではないかと。

1万人もの人が亡くなった。1万もの人生が消えた。正直、私にはその数が実感としてわかりません。ただ自分の家族を、恋人を、友人を亡くした人が1万人の数倍いるんだということはわかる。
大事な人が目の前で津波に引きずり込まれていった。生死が分からないままの身内を求めて遺体安置所をめぐり歩く。生き残った人の数だけのたうち回る悲しみがある。一生続く苦しみがある。

「頑張ろう」「元気出していこう」「いつもの日常をしっかり送ろう」と言う声も真実で、とても大事だと思います。私も頑張ろうと思うし、元気出していきたい。無事な地域の人間が落ち込んでどうする、という気持ちも確かにある。でもそれができないこともダメだと思わないようにしよう、と考えるようになりました。

これから時間はかかるけど、被災地はきっと復興する。日本も変化しながら頑張っていくでしょう。
でも死んだ人は二度と還らない。永遠に復興しない、永遠に失われたものを思ってひたすら泣く時間が、被災地の方にも、被災地外の人々にも許されていいはずだ。そしてできることなら、私は傷ついた心に寄り添うような場所にいたい。励ますでも、導くでも、分析するでもなく。下手すると役立つこともなく。でもじっと見守っていたいし、寄り添って祈っていたい。

人には向日性がある。暗闇を存分に見つめた心は、いつか自然に光のほうへ向くでしょう。それを信じられる程度には、私は自分に自信をもっている。だから無理して日常に戻ろうとせずに、心が折れているならばそのままで、悲しんだり惑ったり考え込んだりしながら生活していこうと思います。


そしてやっぱり私は、苦しんでいる人たちに、温かくあかるい場所を提供できる人間になりたい。
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by saku_2425 | 2011-03-24 01:20 | サクのつぶやき